俳優

萩原健一の若い頃はどんな風だった?伝説の生き様!?

ショーケン

毎度どうも、マリモッコリです。

 

2019年3月26日にショーケンこと

萩原健一さんが亡くなりました。

 

2011年から長い闘病生活だったそうです。

 

若い頃はどんな風だったのか?

知らない方もゴリゴリ知っている方も、

よければお付き合いください。

 

 

 


 

 

 

萩原健一の若い頃はどんな風だった?

今もちょいワルな雰囲気で、

ものすごい渋くてかっこいい

おじさまな雰囲気でしたが、

 

若いころからすでに放っていました・・

 

めちゃ渋い!画像

ショーケン 若い

 

 

ショーケン 若い頃

 

 

ショーケン 若い頃2

 

 

ものすごいモテたそうですね。

「なんとかしてあげないと」と

母性本能をくすぐるタイプだったそうです。

 

 

 

萩原健一の伝説の生き様とは?

逮捕歴あり!ドラマのよう

洗面所の大きな鏡に立って、自分を映してみた。マリファナが効いたイイ目をした自分の顔をじっと見つめていた。

 

拘置所にいるときに面会に来てくれた芸能人がガッツ石松だけ

 

気がついたら、散々に生活が荒れていた。毎日、朝から大麻を吸い、アルコール依存症になって、何人もの女とつきあっている。『傷だらけの天使』のころ、おれはずっとそんなふうだった。

 

 

なんかいちいちかっこいいですね。

あの時、どの媒体にも報道されなかった事実がある。ガサが入ったのは、実はあの夜が二度目だった。

最初のガサ入れで何も出てこなかったのに、あえて二度目の家宅捜索に踏み切ったわけだ。

今度こそ間違いない、という確証が麻取にはあったことになる。

 

その確証を与えた人間が、ぼくのごく近いところにいた。

ぼくはそのとき、仕事で留守だった。捜査に立ち会ったのは、いしだあゆみ。彼女もまた、麻取の事情聴取を受けている。

 

あのころはちょっと、女性不信になっていたかもしれない。大麻で捕まって、いしだあゆみとの結婚生活が破綻して。

あれ以来、女をアテにしなくなった。アテにしないことを覚えた。

でも、決して恨んではいないよ。

 

1983年逮捕され、1年間に渡って全ての活動を停止する。

 

 

そして斬新な英語を使いこなす。w

テンプターズ・イン・メンフィスのレコーディング時(事実上のソロアルバム)一人でニューヨークに到着。
まずは自由の女神が見たくなり、現地タクシーの運ちゃんに「ヨォ!オレショーケン。ゴー!フリーゴッド!」と言った。

 

 

そんなショーケンを救ったのは、

瀬戸内寂聴さん。

彼はあまり変わらないし成長しない。けれど、ほんとうの天才というのは、
そういうものなのではないか、と思います。

私自身がいちばん見たいのは、
ショーケンが台本を書き、監督した映画です。――寂聴

 

瀬戸内寂聴の名言で仕事も身軽に!?心を癒す方法

 

 

 

訃報にネットでは

 

萩原健一の死因は?ショーケンの最後は長い闘病生活

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

最後に

ファンが多いだけに衝撃の声も多数です。

個人的におじさまのショーケンが渋くて
私は好みですが・・

いろいろと濃い人生ですが、

過ぎてしまえば伝説になるんですもんね~

内容は違えど、こんな風に生きたいです!w

 

ご冥福をお祈りします。

それでは、最後までお読みいただきありがとうございました!

 

 

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